2010年12月08日

ジョハー井上とのモーリタニア旅行(2003年5月24日)

5月22日


「ニイマ〜ワラータ」


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砂まみれでおはようexclamation×2起床してターバンを着けるサイード
(ジョハー井上氏撮影)


 明け方近くから地を這うような強風に見舞われる。ダッラーアに身をくるみ、風が運ぶ砂から身をしのいで寝た。砂まみれになって並んで寝る僕とジョハー井上の図。南極に取り残され、雪まみれになって丸まるカラフト犬「タロとジロ」の姿が想起され、不謹慎ながら愉快だった。朝起きると、風向き側の半身が砂にうずもれている。井上さん、先に起きてその悲惨な光景を写真に収めようとしたが、カメラを構えたところで僕が起きてしまい、せっかくのシャッター・チャンスを逃す。もったいない事をした。

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ニイマ・ワラータ間は舗装どころか道らしい道もない。


 ニイマのバザールでパンなどを補給し、最終地点ワラータへ向かって出発。ニイマ〜ワラータ間約120キロの道は舗装されていないどころか、車のわだちが申し訳程度に残っているだけの代物である。時にはそれさえ見えなくなり、完全オフロード・ラリー状態になることもしばしば。標識など皆無だし、一体何を目印に走っているのか分からない。これでは、このように頑丈な4駆と運転技術と経験と道の知識のある運転手が必要なわけだ。

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砂漠の訪問者ベドウィンとティータイム


 途中木陰で朝食をとっていると、ベドウィンの男が1人やってきた。通りかかった者を食事に誘うこと、或いは「自己招待」の形で食事に参加することは彼らの慣習である。アブー・ナーヂーによれば、彼は戦士階級の部族出身だという。現在そのような階級社会は形骸化してしまったが、それにしても非常に物静かで温和な感じ。戦争を売られたら困るので(冗談)特に丁重にもてなす。彼は同行していた女性や子供たちを離れた場所に待たせておいていたので、家族の皆さんに、とパンやミルクやチーズのお土産を持たせる。食事とお茶が一通り済むと、去っていった。このような時日本人だと、その思考パターンからお礼の言葉の1つも期待するところだが、こちらではそのような習慣はない。これが彼らの流儀である。客を歓待する側の方が栄誉が高いのだという思想だ。また、ある者は無い者に与える、互いに補い助け合う、というような社会共同・共有意識が強く、運搬用や乳搾り用の家畜の貸し借りなども普通で、屠殺した家畜の肉なども近所に配布するのがお決まりである。大学のモーリタニア人学生たちの多くは首都圏外出身だが、居候させてもらう親戚の家などが首都にない場合、同郷の近所の知り合いの所に転がり込んだりする。この辺の相互扶助・共同体意識を見ると西欧人などは、「あなたたちは社会主義者ですね。」と言うそうだ。というかこれが本来の社会の特質というものであろう。

 車がワラータ入りしたのはニイマを出発して4時間後位の事だったと思う。クネクネとうねりながら道なき道を走り、最高速度も40キロ程度だったので、近いのか遠いのかよく実感できなかった。

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ワラータ名物・ドア周りの伝統装飾


 ワラータもまたシャンキーティー同様古い歴史を持った町であり、かつてはブラックアフリカ沿岸部とマグリブ地方を結ぶ西サハラ交易ルート上において重要な役割を果たしていた。中世のガーナ王国、ベルベル系のムラービト朝などの支配下に栄え、ブラックアフリカやベルベル、アラブの融合文化が見られる。この町を最も有名にしているものは、民家の入り口のドア周りを彩るこの町独特の装飾文化である。外側は大体赤い壁に白を基調とした模様で、内側は逆に白い壁に赤の装飾である。でもよく見てみるとかなり雑で稚拙なデザインだし、シンメトリーも不完全な箇所が多い。この町もまたユネスコの世界文化遺産とやらに認定されているそうだ。

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家畜に井戸から水を与える人々。
恐らく何百年と変わっていないだろう風景。


 宿泊所に入り、暑さを避けて休憩。日が傾いてからフランス軍の旧軍事施設跡や町を展望することのできる丘の上などを廻る。井戸で家畜に水をやる遊牧民たちの姿は垢抜けず、何百年もの昔の風景を髣髴とさせる。ラクダの小さな一隊が荷物を運んで北の方へ出発するのを見た。1夜挟んで、何十キロか離れた小村まで行くのだという。今でも近隣の村の間の荷物の運送などにはラクダのキャラバンが使われているそうだ。エキゾチックかつノスタルジックな光景である。時間があれば隊商に同行するのも面白かっただろう。

 この辺はアラブ系でもかなり色の黒い人が多い。容姿的に黒人系と全く見分けのつかないような人たちも多いが、アブー・ナーヂーに聞くと「彼らはショラファー(預言者モハンマドの血をひく末裔)だ。」という答えが返ってきたりする。何でも、混血が進んだためなのだという。

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丘の上からワラータ全景を見下ろす井上さん


 町を見渡す丘の上で夕暮れを迎え、そこから3人バラバラに宿まで帰る。井上さんは古い町並みを散歩し、僕は礼拝のためモスクへ行き、アブー・ナーヂーは立ち寄った家で休憩する。宿泊所での夕食はまたクスクス。電気はないので早めに就寝。部屋の外にベッドを据え、星空を仰ぎながら寝る。こちらでは満天の星空というのは殆ど見られない。恐らく砂埃のためだろう。

 ジョハー井上、トイレでサソリを発見し、非常にビックリする。

5月23日


「ワラータ」


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ワラータの町の路地裏は複雑に入り組んでいる


 早朝から井上さんは単独で街へ出かける。日が高くなると暑くて散歩には適さないので、遅れていた朝ご飯をせかしていた。アブー・ナーヂーも今日は自由行動の日だと聞き、どっかに出かける。今日は金曜日。僕は部屋に留まり、久々に集中してクルアーンの復習。途中、丁度向かいにある警察署から何人かの警官がやってきて、「町をガイドしてやる。」という。怪しすぎると直感したが、何かいいものが見れるかもしれないと思い、夕方出かける約束をする。

 金曜礼拝は町一番(というか唯一の?)大きなモスクへ。シャンキーティーにあるのと同じタイプで、建物内に太目の角型支柱が林立しており、窓が少なく、暗い。何でもモーリタニア1古いモスクで、その歴史は西暦9世紀頃まで遡れるのだという。人々の容貌も垢抜けず、彼ら自体何世紀も前からずっと変化していなさそうだ。説教に用いられるアラビア語もまた15世紀の間変化を見ていない奇跡的な言葉である。まるで時間旅行したかのような奇妙な感覚。

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ホテルでの食事風景(ジョハー井上氏撮影)


 昼ご飯はラクダの肉入りの、ギトギトしたピラフ。僕は油っぽいものや肉類が大好きなのでおいしく食べれたが、井上さんはちょっと苦手そうだった。ここには彼の好きな野菜自体がなく、せいぜいあって玉ねぎ程度である。しかし食材や食べ物のバリエーションはともかく、味付けや料理方法が今まで体験したものとはちょっと違う。味覚的に複雑な趣があるのだ。アブー・ナーヂーによれば、ワラータの料理はモーリタニア1なのだという。概して遊牧民の料理文化は単純で種類も少ないが、ここはブラックアフリカのちょっと凝った料理文化の影響があるのかもしれない。

 夕方、警官のスィーディーというアラブ人をガイドに町を廻る。井上さんは警官に不信感を抱いたのか、同行せず。男は案の定ガイド料として1500オキーヤ要求してきたが、学生なんだぞ、と言って500オキーヤまけさせる。まず、町1番古い家に住んでいるバーティーという老人の家へ。彼の祖先はアッバース朝ハールーン・アッラシードの時代(つまり西暦8世紀末から9世紀初頭にかけての時代)バグダードからここへやってきたのだという。家系図を見せてもらったが、ボロボロの古い紙に汚い字で縦横無尽に書きなぐってあるので、よく分からず。ワラータを研究したスペイン人の学者のものだという本を見せてもらうと、老人の家の事が彼の顔写真と共に、家系図も含めて事細かに記されていた。その後は「ワラータ博物館」へ。

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昔のフランス軍跡付近の丘で


 「博物館」付近には暇そうにたむろしている子供たちが沢山いた。僕はダッラーアを着ていたが、彼らは一発で外国人と見抜き、ワハハーッと笑う。しかし「何笑ってんの?ヘンなんじゃないの?」という僕のアラビア語を聞き、なんかおかしいぞ、といった風。1人が近づいてきて「アッラーフ・アクバル!」と両手を挙げる仕草をする。どうやらイスラーム教徒かどうかの確認をしたいらしいので、同じ風に返してやる。「礼拝やってんの?」と言うので、「うん。お前らこそどうなんだ?」と返すと一斉に「やってるよ!」という声。以後は僕にまともな位置付けをし、とりあえず尊重しだしたようだ。ここは「秘境」モーリタニアの中でも最も奥地に属した地域の1つである。イスラームは人々の生活の中で太い礎となっており、また、人々はイスラーム教徒以外の人間どころか、地理的に閉鎖的なこの町以外の人間とも余り交渉がない。情報や物資といった面でも同じことが言える。イスラーム教徒は彼らのような容姿でダッラーアを着ていなければならない、そうでなければイスラーム教徒としては怪しく、更に、イスラーム教徒でなければ尊重すべき人間ではない、などといった誤った価値観を身につけてしまっているんだろう。

 さて、博物館はシャンキーティーのそれよりは随分整理され、配置等にも工夫が見られ、展示品も多かった。大概はこの地方の伝統的日常用具や衣装、アクセサリーなどである。帰って来て井上さんに見てきたものを伝えると、彼はそこは廻っていなかったらしく、再度警官ガイド・スィーディーを連れて出かけた。

 夜はアブー・ナーヂーと共に砂丘にベッドを据えて寝る。車でその場所まで行く途中、ヘッドライトに照らされてウサギやトビネズミが走っているのが見えた。そういや砂漠の動物は夜行性のが多かったんだな、と思い出す。昼間は家畜以外殆ど動物を見ないが、隠れているだけで実際は結構いるのかもしれない。

 ところで井上さんは風が出て砂まみれになったあの夜以来、もう外では寝たがらない。今夜は1人宿に留まった。

5月24日


「ワラータ〜ニイマ〜オヨーン」


 早朝ワラータを出発。宿泊料金が3人分で計算されていたので〜アブー・ナーヂーはここに泊まっていない〜、まずそれを撤回させる。更に井上さんはお茶一回分が500オキーヤと計算されたことに「高すぎる!」とクレームをつけ、200オキーヤにまでまけさせる。500オキーヤ自体は日本円に換算すると200円にも満たないが、こちらでは結構使いでのある金額であり、その差額は大きい。こちらの貨幣価値に自らの照準を合わせ、物の値段を知ってきている井上さん、なかなか凄い。

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ニイマ・ワラータ間の途中、
ヤギとともに町まで乗せていって欲しい、とベドウィンの男


 途中の道では何度もベドウィンが現れた。まず、ヤギ3匹をニイマまで運んで行きたい、という男。彼は道路脇で通りかかる車を待ち伏せていたのだが、他に遭ったベドウィンたちは決まって何もないだだっ広い風景の中から突如現れ、遠くからワァワァ叫んで手を振りながら駆け寄ってくるのだった。機械がぶっ壊れたから直して欲しいんだけど、という老人。やはりニイマまで乗せて行って欲しい、という男。「ヤギ買え。」としつこく押し売りするベドウィン一家。この人たちは都市や文明から遠く離れたところに住んでいるが、「野蛮人」といったような印象はなく、大方素朴で穏やかそうだ。これはイスラームという教えの影響するところも大きいのだろうか。昔、世界の様々な極地に住む民の中に入って共に生活しその様子を描いた、ジャーナリスト本田勝一のルポルタージュ・シリーズがあった。「極地の民族」といったようなタイトルで、多分カナダ北部のイニュイット、ニューギニア高地人、アラビア半島の遊牧民の3部作だったと思う。前2者では現地の人と生活にある程度溶け込んでいたようだが、アラブ遊牧民に関してはどうやら入り込めなかった感がある。この取材の為にイスラーム教に改宗までしていったそうだが、付け焼刃を見透かされ、取材の意図に不信感を持たれてしまった部分が大きかったのではないか。彼らは日本から見て極地に生きる人々かもしれないが、程度はどうあれイスラームというユダヤ・キリスト教と同じ系譜上にあるイデオロギー、確固たる世界観と宗教規律を持ち、西欧より早く文明に浴していた民である点、前2者とは一線を画している。更に民族的な性質や習慣から見ても、日本人からは前2者よりかなり遠い距離にあったのではないか。極地の非文明社会という枠で1くくりにすること自体無理があったのだろう。

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モーリタニア名物バーベキュー。傍らでは羊が順番待ち


 ニイマではこの前の食堂で一旦休み、それからオヨーンに向かって出発。途中昼飯用に焼肉を買う。屠殺したばかりの羊の肉を目の前で、黒人系のオバちゃんが炭火で焼いてくれる。傍らには生きた羊が2匹、自分の番が来るまでスタンバイ。肉を焼く様子を見ていたら、背後で羊が僕のダッラーアのすそをパクパク食べ始めた。食われる前に食え、か。肉はとてもおいしかったが、ちょっと硬くてあごが疲れた。

 夕方頃オヨーンに到着。以前泊まったのと同じホテルに泊まる。なにやら商工会議風のセミナーが開かれており、モーリタニア人男性で埋め尽くされていた。とはいえ、やはり皆ダッラーアを来てゴロゴロしている。部屋は満室だったが、ホテルの女オーナーの取り計らいで、無料で部屋を提供してもらった。

 夜は部屋の外にベッドを敷いて寝る。お昼の残りの肉があったのでもったいないと思い、少し変な味と匂いがしたが構わず食う。後に気分が悪くなった。寝る前ひどい吐き気がしたが、寝床からトイレまでの30メートル位の距離を踏破出来そうになかったので、そのまま我慢。

posted by サイード at 08:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | モーリタニア日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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